【特集】松

塩津丈洋(植物研究所代表)×藤井久子(コケ愛好家)の松トーク

日本の植物といえば、まず名前があがるのが松ではないでしょうか。日本には、五葉松、赤松、黒松など、約10種類の松があります。今回の「あめつち」では、その強い生命力と神様を「まつ」るという意味から、正月飾りとしても奈良時代から愛され続けている松に注目。現代ならではの楽しみ方を探っていきます。

盆栽の王様と呼ばれる五葉松

藤井

塩津さんはやっぱり松に思い入れがあるんですか?

塩津

ありますね。盆栽の世界で、365日、毎日手がかけられる植物として重宝されているのもありますが、仕事として最初に手がけた植物が、赤松と楓の苔玉だったんです。ちなみに、盆栽の世界では、松のなかでも五葉松が王様と呼ばれています。初心者でも育てられるし、かといって簡単なだけではなく奥が深いということで、「盆栽は五葉松にはじまり五葉松に終わる」という格言があるくらいです。この特集のメイン写真も五葉松を撮ってもらいました。

藤井

昨年末のミニ門松ワークショップでも使われていた松ですね。門松でも五葉松が人気なんですか?

塩津

人気がありますね。日本人は言葉遊びが好きなので、五葉松=御用(仕事)を待つということで、商売人にとって縁起がいいというのもあるようです。

藤井

なるほど! 盆栽としては、なんでそんなに松は人気があるんでしょう?

塩津

やはり、手を加えられる部分が多いということですね。松は油分をかなり含んでいるので、普通の木だったら折れちゃうような曲げ方をしても、折れずにしなるだけです。だから盆栽で技を競い合えるし、剪定なども含めて、かけようと思えばいくらでも手がかけられます。もしかしたら、育てるともっとも愛着がわく植物かもしれません。

松は魔除けとしても活躍中

藤井

盆栽以外でも、松はお正月飾りなどで親しみがありますね。松原や松林の美しさを眺める文化もあるし、能を見に行くと必ずといっていいくらいに舞台背景に松が描かれています。松に何か特別なものを日本人は感じているんでしょうね。

塩津

藤井さんは何か松に思い入れはありますか?

藤井

私はコケばっかり見てきたので、特別な思い入れはないんですけど、今回改めて松のことをいろいろと調べてみたんです。そうすると、松には神様をまつる以外にも、その葉のツンツンで悪いものを撃退するということで、魔除けとしても利用されていることがわかりました。特に門に魔除けとして植えられた松は、「門かぶりの松」としてかなりメジャーみたいです。

塩津

節分のひいらぎみたいなものですね。

藤井

そうですそうです。それで、本当かなと思って、自宅の四方100メートルくらいをフィールドワークしてみたんですが、写真を見てもらうとわかるとおり、意外と古い家はみんなやってるんですよ。

塩津

本当だ! でも、こういう日本の文化を思い出していくのって大事ですよね。

正月の注目は門松

藤井

最近の住宅事情ではまず門のある家に住める人が少ないし、廃れてしまったのもしょうがない部分はありますけど、小さな松の盆栽を玄関前に飾って魔除けにするとか、そういう発想をしながら松を楽しめたら素敵ですよね。植物に託されている意味を知っているか知らないかというのは大きいなと思いました。

塩津

昔はいまと違って科学が発展していなかったのもありますね。「植物がこう変化したから季節の変わり目だ」とか、植物が生活をする上での判断材料となることが多く、日常的に植物が意識されていました。いまは科学が発展したのもあって、植物への意識が薄れてきていますが、もったいないような気がします。

藤井

うちは賃貸のマンションなので門かぶりで松は植えられないんですけど、普段も意識することでよその家の松から恩恵を受けようと思います。今年の正月は、特に門松チェックをしようと思っています。

塩津

門松を見に行くなら、都心に出掛けるのがおすすめですよ。東京には工夫を凝らした様々な門松がいくつも見られるので、時間がある方にはぜひ足を運んでほしいです。

藤井

有名な施設などは気合も入っていそうですね。ワークショップのミニ門松を見て思いましたが、松って小さくても本当に存在感がありますね。盆栽の世界で松を人工的に針金とかで曲げるのも、もともとの松が海辺に海風や砂を防ぐために植えられて、曲がりながらも力強く立っている姿の美しさを再現してるからなんですよね?

塩津

まさにそうです。肌が荒れているのもまたかっこいいというのが、日本人の感覚ですね。

松の強さの秘密は菌にあり

藤井

その松の強さにも関係しているんですけど、多くの植物は土中の菌類と繋がりをもっていて、植物と菌類との間で養分の相互補助などを行う「菌根(きんこん)」と呼ばれる共生体を植物の根っこ部分につくります。松は特に根と菌の結びつきが強くて、過酷な環境にも耐えられるみたいです。

塩津

その話でいうと、松は3月か4月に植え替えするのがいいと言われているのですが(時期を考えないと枯れてしまいます)、ある先生が、五葉松に関しては夏に植え替えしてもいいという説をおっしゃっていたのですが、普通に考えると夏は植物の根が傷みすいのでNGです。でも、五葉松の根と結びつく菌は夏にもっとも活性化されるようで、菌が守ってくれるから枯れないというのが理由でした。自分も9月に植え替えして成功していますが、菌の力もすごいですよね。

藤井

本当に。そして、その松の強さを見抜いて海辺に植えた日本人もすごいなと。いまの人が見ても曲がった松が美しいと思うのは、海風や砂から守ってくれているというのはもちろん、過酷な環境に負けないという日本人の美学やソウルが松にあるからなような気がします。

塩津

そうですね。大きなものは無理でも、小さなものならベランダで鉢植えで楽しめますから、ぜひ松も生活に取り入れてみてほしいです。植物への意識が薄れているいまだからこそ、思わぬいいことを松が運んできてくれるかもしれません。

藤井

盆栽で楽しむのもいいですし、フィールドワークで近所の門かぶりの松を楽しむのもいいと思います。先ほど東京の門松が面白いという話が出ましたが、正月休みは門松にも注目したいですね。

admin

あめつち運営チーム

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「あめつち」は、2012年より開催しているコケの勉強会&ワークショップ「コケトレ──コケと親しむ緑のトレーニング」を発端に誕生しました。

イベントでは、「最適な日当たりは?」「植物はずっと家の中に入れておいてはダメ?」「水やりの仕方は?」「観察に適したルーペは?」「色が変わってきた場合の対処法は?」など、さまざまな質問をいただきました。このような疑問をもっている方は全国にいると思いますが、そういうときにおすすめしたい植物のサイトが見当たらなかったことも、イベントをサイトに発展させようと考えた理由のひとつです。

江戸時代などの歴史資料を見ると、日本人のあいだでは、かつて植物と共生する知恵が共有されていたことがうかがえます。「あめつち」では、"日本の植物世界と日本人の共生"を思い出すことをテーマに、植物と寄り添って暮らしていきたい人に向けて、オリジナルのコンテンツを発信していきます。

【具体的に発信していくコンテンツ】
●植物に寄り添う、真摯に向き合う人たちを紹介します。
●園芸技術だけでなく、鑑賞(かしこまったものだけではなく、通りすがりに眺める木なども含めて)や歳時記の楽しみ方など、植物に気づく、寄り添う暮らし全般を紹介します。
●植物の本来の姿、好ましい育て方を紹介します。穴の空いていない植木鉢など、人の都合だけに合わせたノウハウを見直していきます。
●隠花植物など、あまり注目されていない植物群にもスポットをあて、植物の面白さや多様性を紹介します。

オーストリア出身の哲学者マルティン・ブーバーは、自分以外をモノのように捉えることを、「我とそれ」の関係と呼びました。疎外感を生む「我とそれ」の関係ではなく、相手を自分と同格に捉えて対話していく「我と汝」の関係こそが世界を拓く。それがブーバーの哲学です。

かつての日本人がそうしていたように、「我とそれ」になってしまった植物との関係を「我と汝」に捉え直すサポートをしていくことが、「あめつち」の目指すところです。スタッフ一同もまだまだ植物の世界を研究中ですが、4人で始めたサイトがどこまで根をのばしていくか、見守っていただけると嬉しいです。

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塩津丈洋
塩津 丈洋

植物研究家。塩津丈洋植物研究所代表。緑豊かな和歌山県に生まれ、祖父は農家を営み、幼い頃から植物と身近な環境で育つ。盆栽職人の元で修行後 、2010年、植物の治療・保全を主とした塩津丈洋植物研究所を設立。自然環境問題が深刻化している現在に、改めて植物の存在価値を見つめ直すための活動を行っている。IID世田谷ものづくり学校内「自由大学」教授、名古屋芸術大学OHOC講師。 http://syokubutsukenkyujo.com/

藤井久子
藤井 久子

1978年、兵庫県出身。明治学院大学社会学部卒業。編集ライター。文系ド真ん中の半生ながら幼少期から自然が好きで、いつしかコケに魅了されるようになる。初の著書『コケはともだち』(リトルモア)は異例のベストセラーに。趣味はコケ散策を兼ねた散歩・旅行・山登り。とりわけ好きなコケは、ギンゴケ、タマゴケ、ヒノキゴケ。

鈴木収春
鈴木 収春

クラウドブックス株式会社代表取締役。1979年、東京生まれ。講談社客員編集者を経て、編集業の傍ら2009年より出版エージェント業を開始。2011年は須藤元気『今日が残りの人生最初の日』(講談社)、ドミニック・ローホー『シンプルリスト』(講談社、11万部)等、2012年はタニタ&細川モモ『タニタとつくる美人の習慣』(講談社、7万部)等がヒット。 http://cloudbooks.biz/

藤代 雄一朗

WEB制作会社に勤務。塩津丈洋の「新盆栽学」第一期生。趣味で運営するサイト「泣く子も叫ぶ爆発りんご飴サイト ringo-a.me」「インタビューサイト ボクナリスト」で、WEB制作・スチール撮影・動画撮影・音楽制作などを担当。最近はアーティストのPV撮影なども行なっている。 https://twitter.com/yuichirofuji