旬の花だけ売る花屋はこうして生まれた──広尾「F52」チーフバイヤー・今井斉さんインタビュー【1/4】

取材:塩津丈洋、藤井久子、鈴木収春
写真:塩津丈洋
文:鈴木収春

「今月の旬の花は何ですか?」と訊かれて、すぐに答えられる人はどれくらいいるだろうか。欧州に比べて現代の日本では花文化が根付いておらず、生活に花を取り入れている人も少なければ、花で季節を感じる機会も少なくなっている。桜などはさておき、旬の花はよくわからないのが普通の日本人だろう。

そんな中、こだわりの生産者がつくる旬の花のみを扱い、花がある豊かな生活を提案すべく奮闘しているのが、広尾「F52」チーフバイヤーの今井斉さんだ。セレクトショップ「arobo」のテラスで展開されている店舗には、今井さんの選んだ「つくり手の顔が見たくなる花」だけが並ぶ。

年間数億円を売り上げる店舗も担当していた大手花屋の元店長は、なぜ会社をやめてこの小さな花屋を始めたのか? 「あめつち」でも大注目している今井さんに話をうかがった。

野球ができなくなったときに、花屋に吸い込まれた

──今井さんはどんな経緯で花屋を目指されたんですか?

今井

もともとは、花の「は」の字もわからないような野球少年でした。ポジションはショート。みんないまの体型を見て「キャッチャーですか?」っていうんですけど、当時はもうちょっとシャープだったんです。進学した高校には野球部がなくて、ゼロから野球部を立ち上げるくらい野球に打ち込んでいました。いま話をしていて思いましたけど、ゼロから何かを立ち上げるのが好きというのは昔からですね。チャレンジに抵抗もないですし、それがいまの独立にもつながっているのだと思います。

大学でも野球を続けていたものの、腰を怪我してしまい、思いっきり野球ができなくなってしまいました。20歳くらいのときですが、正直、頭が真っ白になりましたね。他に自分が興味をもてることなんてあるんだろうか。そう思ったときに、ウチの両親がすごく花好きなことが思い浮かんだんです。

父にいたっては、毎朝4時とか5時には庭の花に水をあげていました。なんでこんなに両親は花が好きなんだろうって考えていたら、いま思うと危ない人なんですけど、ふらふらっと花屋に吸い込まれたんです。

バラとチューリップの区別もつかないような状態で店内に入り、衝撃を受けたのが、チューリップに名前がついていたこと。いわゆる品種名ですね。そこにまず驚いて、花にはひとつひとつ名前があるんだなと興味がわきました。だったら、将来は花屋で働いてみようかなと思ったんです。

──大学生ですから、花屋でアルバイトしてみるという手もありますよね。

今井

それが、大学時代はまったく花屋でアルバイトはしていないんです。就職活動の時期ですら、腰をかばいながら地域の早朝野球と早稲田の野球サークルに参加していました。まわりはもちろん就職活動をしていましたけど、そこに動かされずに、「何を言ってるんだ。まず卒業してから就職活動だろ」みたいに思っていて。自分が入りたいところに入れるだろうみたいな、変な感覚があったんですよね。卒業した後に新卒という資格を失ったことに気がつきましたけど、ともかく、就職が決まらないまま大学は出ちゃったんです。

卒業後に花屋の求人があるところを探して、なんとか花の企画会社に中途採用が決まりました。ブライダルに花を卸したり、議員会館に飾る花を販売したりといったことに加え、花屋も運営している会社でした。面接に行ったら「君、明日から働けるの?」って言われて「もちろんです」と答えたんですけど、それが母の日の前日だったんですよ。

勤務初日で体験した花屋の仕事の真実

──花屋が一番忙しい時期ですね。

今井

そうなんです。体力だけには自信があった僕が、これが一年中続くのは正直キツイなと思いましたから。具体的に何をやったかというと、まずは晴海トリトンで花の販売をして、次にそこで飾っていた花を別の場所の小学校の花壇に植えて、その次には百合の生産地に飛んで、なにもわからぬままに朝方から百合の採花を手伝いました。それが終わると、もう母の日だから店に立って販売です。そのときの睡眠時間が1時間で、睡眠というか仮眠ですよね。

ただ、よかったのは初日で花に関する流れを知ることができたこと。生産から出荷、販売という流れを知って、そうか花屋ってそうだよなと。花をつくっている生産者がいることを実感できたんです(編注:花屋は市場で花を買うのが普通であり、生産者と直接接する機会はあまりないそうです)。

また、母の日でわかったことは、花屋はイベントに大きく左右されているということ。例えば、普段1日10万円売っている花屋だったら、母の日には少なく見積もっても100万円以上は売れます。市場価格の変動もすごくて、普段は60~80円だったカーネーションが、母の日前には150~200円に値上がりします。そして、母の日の翌日は大きく値下がりして5~10円になる。

イベントで10倍も売れるのはいいことだという考え方もあるかもしれません。でも、旬の花はイベントに関係なくどの時期でもあるわけですし、1日で花の価値が大きく変動するのも生産者、花屋、消費者にとっていいことではないでしょう。振り返ると、いまの活動につながる要素がたくさんある初日でした。

<次回に続く!>

プロフィール

今井斉(いまい・ひとし)
1979年、北海道生まれ。腰痛で野球が続けられなくなったのを機に、花好きの両親の影響で花屋を志す。花の企画会社、繁華街向けの花屋を経て、大手個人向け花屋に転職。年間4億円以上を売り上げる渋谷の某店舗の店長などを経験する。退職後、2013年3月、培ってきたネットワークを生かし、こだわりの生産者が育てた旬の花のみを扱う花屋「F52」を設立。生産者のPRを兼ねた異色の花屋として話題を呼んでいる。
http://www.f52.jp/

鈴木収春

鈴木 収春

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「あめつち」は、2012年より開催しているコケの勉強会&ワークショップ「コケトレ──コケと親しむ緑のトレーニング」を発端に誕生しました。

イベントでは、「最適な日当たりは?」「植物はずっと家の中に入れておいてはダメ?」「水やりの仕方は?」「観察に適したルーペは?」「色が変わってきた場合の対処法は?」など、さまざまな質問をいただきました。このような疑問をもっている方は全国にいると思いますが、そういうときにおすすめしたい植物のサイトが見当たらなかったことも、イベントをサイトに発展させようと考えた理由のひとつです。

江戸時代などの歴史資料を見ると、日本人のあいだでは、かつて植物と共生する知恵が共有されていたことがうかがえます。「あめつち」では、"日本の植物世界と日本人の共生"を思い出すことをテーマに、植物と寄り添って暮らしていきたい人に向けて、オリジナルのコンテンツを発信していきます。

【具体的に発信していくコンテンツ】
●植物に寄り添う、真摯に向き合う人たちを紹介します。
●園芸技術だけでなく、鑑賞(かしこまったものだけではなく、通りすがりに眺める木なども含めて)や歳時記の楽しみ方など、植物に気づく、寄り添う暮らし全般を紹介します。
●植物の本来の姿、好ましい育て方を紹介します。穴の空いていない植木鉢など、人の都合だけに合わせたノウハウを見直していきます。
●隠花植物など、あまり注目されていない植物群にもスポットをあて、植物の面白さや多様性を紹介します。

オーストリア出身の哲学者マルティン・ブーバーは、自分以外をモノのように捉えることを、「我とそれ」の関係と呼びました。疎外感を生む「我とそれ」の関係ではなく、相手を自分と同格に捉えて対話していく「我と汝」の関係こそが世界を拓く。それがブーバーの哲学です。

かつての日本人がそうしていたように、「我とそれ」になってしまった植物との関係を「我と汝」に捉え直すサポートをしていくことが、「あめつち」の目指すところです。スタッフ一同もまだまだ植物の世界を研究中ですが、4人で始めたサイトがどこまで根をのばしていくか、見守っていただけると嬉しいです。

「あめつち」運営スタッフ一同

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塩津丈洋
塩津 丈洋

植物研究家。塩津丈洋植物研究所代表。緑豊かな和歌山県に生まれ、祖父は農家を営み、幼い頃から植物と身近な環境で育つ。盆栽職人の元で修行後 、2010年、植物の治療・保全を主とした塩津丈洋植物研究所を設立。自然環境問題が深刻化している現在に、改めて植物の存在価値を見つめ直すための活動を行っている。IID世田谷ものづくり学校内「自由大学」教授、名古屋芸術大学OHOC講師。 http://syokubutsukenkyujo.com/

藤井久子
藤井 久子

1978年、兵庫県出身。明治学院大学社会学部卒業。編集ライター。文系ド真ん中の半生ながら幼少期から自然が好きで、いつしかコケに魅了されるようになる。初の著書『コケはともだち』(リトルモア)は異例のベストセラーに。趣味はコケ散策を兼ねた散歩・旅行・山登り。とりわけ好きなコケは、ギンゴケ、タマゴケ、ヒノキゴケ。

鈴木収春
鈴木 収春

クラウドブックス株式会社代表取締役。1979年、東京生まれ。講談社客員編集者を経て、編集業の傍ら2009年より出版エージェント業を開始。2011年は須藤元気『今日が残りの人生最初の日』(講談社)、ドミニック・ローホー『シンプルリスト』(講談社、11万部)等、2012年はタニタ&細川モモ『タニタとつくる美人の習慣』(講談社、7万部)等がヒット。 http://cloudbooks.biz/

藤代 雄一朗

WEB制作会社に勤務。塩津丈洋の「新盆栽学」第一期生。趣味で運営するサイト「泣く子も叫ぶ爆発りんご飴サイト ringo-a.me」「インタビューサイト ボクナリスト」で、WEB制作・スチール撮影・動画撮影・音楽制作などを担当。最近はアーティストのPV撮影なども行なっている。 https://twitter.com/yuichirofuji