更新日:2014年01月15日
取材:塩津丈洋、藤井久子、鈴木収春
写真:塩津丈洋
文:鈴木収春
「今月の旬の花は何ですか?」と訊かれて、すぐに答えられる人はどれくらいいるだろうか。欧州に比べて現代の日本では花文化が根付いておらず、生活に花を取り入れている人も少なければ、花で季節を感じる機会も少なくなっている。桜などはさておき、旬の花はよくわからないのが普通の日本人だろう。
そんな中、こだわりの生産者がつくる旬の花のみを扱い、花がある豊かな生活を提案すべく奮闘しているのが、広尾「F52」チーフバイヤーの今井斉さんだ。セレクトショップ「arobo」のテラスで展開されている店舗には、今井さんの選んだ「つくり手の顔が見たくなる花」だけが並ぶ。
年間数億円を売り上げる店舗も担当していた大手花屋の元店長は、なぜ会社をやめてこの小さな花屋を始めたのか? 「あめつち」でも大注目している今井さんに話をうかがった。
──今井さんはどんな経緯で花屋を目指されたんですか?
今井
もともとは、花の「は」の字もわからないような野球少年でした。ポジションはショート。みんないまの体型を見て「キャッチャーですか?」っていうんですけど、当時はもうちょっとシャープだったんです。進学した高校には野球部がなくて、ゼロから野球部を立ち上げるくらい野球に打ち込んでいました。いま話をしていて思いましたけど、ゼロから何かを立ち上げるのが好きというのは昔からですね。チャレンジに抵抗もないですし、それがいまの独立にもつながっているのだと思います。
大学でも野球を続けていたものの、腰を怪我してしまい、思いっきり野球ができなくなってしまいました。20歳くらいのときですが、正直、頭が真っ白になりましたね。他に自分が興味をもてることなんてあるんだろうか。そう思ったときに、ウチの両親がすごく花好きなことが思い浮かんだんです。
父にいたっては、毎朝4時とか5時には庭の花に水をあげていました。なんでこんなに両親は花が好きなんだろうって考えていたら、いま思うと危ない人なんですけど、ふらふらっと花屋に吸い込まれたんです。
バラとチューリップの区別もつかないような状態で店内に入り、衝撃を受けたのが、チューリップに名前がついていたこと。いわゆる品種名ですね。そこにまず驚いて、花にはひとつひとつ名前があるんだなと興味がわきました。だったら、将来は花屋で働いてみようかなと思ったんです。
──大学生ですから、花屋でアルバイトしてみるという手もありますよね。
今井
それが、大学時代はまったく花屋でアルバイトはしていないんです。就職活動の時期ですら、腰をかばいながら地域の早朝野球と早稲田の野球サークルに参加していました。まわりはもちろん就職活動をしていましたけど、そこに動かされずに、「何を言ってるんだ。まず卒業してから就職活動だろ」みたいに思っていて。自分が入りたいところに入れるだろうみたいな、変な感覚があったんですよね。卒業した後に新卒という資格を失ったことに気がつきましたけど、ともかく、就職が決まらないまま大学は出ちゃったんです。
卒業後に花屋の求人があるところを探して、なんとか花の企画会社に中途採用が決まりました。ブライダルに花を卸したり、議員会館に飾る花を販売したりといったことに加え、花屋も運営している会社でした。面接に行ったら「君、明日から働けるの?」って言われて「もちろんです」と答えたんですけど、それが母の日の前日だったんですよ。
──花屋が一番忙しい時期ですね。
今井
そうなんです。体力だけには自信があった僕が、これが一年中続くのは正直キツイなと思いましたから。具体的に何をやったかというと、まずは晴海トリトンで花の販売をして、次にそこで飾っていた花を別の場所の小学校の花壇に植えて、その次には百合の生産地に飛んで、なにもわからぬままに朝方から百合の採花を手伝いました。それが終わると、もう母の日だから店に立って販売です。そのときの睡眠時間が1時間で、睡眠というか仮眠ですよね。
ただ、よかったのは初日で花に関する流れを知ることができたこと。生産から出荷、販売という流れを知って、そうか花屋ってそうだよなと。花をつくっている生産者がいることを実感できたんです(編注:花屋は市場で花を買うのが普通であり、生産者と直接接する機会はあまりないそうです)。
また、母の日でわかったことは、花屋はイベントに大きく左右されているということ。例えば、普段1日10万円売っている花屋だったら、母の日には少なく見積もっても100万円以上は売れます。市場価格の変動もすごくて、普段は60~80円だったカーネーションが、母の日前には150~200円に値上がりします。そして、母の日の翌日は大きく値下がりして5~10円になる。
イベントで10倍も売れるのはいいことだという考え方もあるかもしれません。でも、旬の花はイベントに関係なくどの時期でもあるわけですし、1日で花の価値が大きく変動するのも生産者、花屋、消費者にとっていいことではないでしょう。振り返ると、いまの活動につながる要素がたくさんある初日でした。
今井斉(いまい・ひとし)
1979年、北海道生まれ。腰痛で野球が続けられなくなったのを機に、花好きの両親の影響で花屋を志す。花の企画会社、繁華街向けの花屋を経て、大手個人向け花屋に転職。年間4億円以上を売り上げる渋谷の某店舗の店長などを経験する。退職後、2013年3月、培ってきたネットワークを生かし、こだわりの生産者が育てた旬の花のみを扱う花屋「F52」を設立。生産者のPRを兼ねた異色の花屋として話題を呼んでいる。
http://www.f52.jp/
鈴木 収春