シクラメンが変えてくれた園芸観──東京都清瀬市「横山園芸」2代目・横山直樹さんインタビュー【1/4】

取材:塩津丈洋、藤井久子、鈴木収春
写真:塩津丈洋
文:鈴木収春

前回登場の広尾「F52」の今井斉さんから、「ぜひこの方を取材したほうがいい」とご紹介いただいたのが、クリスマスローズ、ダイヤモンドリリー、原種シクラメンの育種家&生産者として世界的に有名な「横山園芸」2代目・横山直樹さん。花屋に勤めていても、(市場から仕入れるので)ほとんど行く機会がないという花の生産地。東京都清瀬市の横山園芸にお邪魔して、お話をうかがいました。

武蔵野で植物を育て続けてきた家系

──横山園芸の成り立ちはどのようなものなのでしょうか?

横山

もともと横山家は、武蔵野開拓六家と呼ばれる、武蔵野を開拓した農耕民族のうちのひとつだったんです。代々土地を耕していて、昔は野菜農家だったのですが、じいちゃんのじいちゃんのじいちゃんくらいの代のときは染物屋をやっていました。藍を育てて染めていたんですね。それで儲かって土地を広げたり、失敗して土地を失ったりしながら、親父の代で花の生産を始めたんです。

──業種は変わっても、植物を育てるという意味では同じですね。

横山

そうですね。親父も始めた頃は花が好きというだけで、何を育てていいのかよくわからなくて、偶然近所に住んでいた大手種苗会社の方の運転手をしながら全国を回って勉強して、言われたままに植物を育てていました。その中で、琴線に触れたクリスマスローズやダイヤモンドリリーなどを育て始めたんです。中国からウンナンシュロチクを仕入れるなど、輸入もしていましたね。

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──最初から家業を継ごうと思っていたのですか?

横山

幼稚園や小学校のとき、親父がつくって余った花なんかを持って行くと、先生や父兄の方がすごく喜んでくれて、自分も自然と花が好きになりました。僕は原点に人に喜んでもらえることがしたいというのがあるんですよね。だから、固く決意するというまでではなかったですが、継ぐ気はありました。

でも、高校を出たら千葉大学の園芸学科に行って、園芸のエリートになる予定が、受験で落ちてしまうんですね。どうしようかと思った時に、2年間イギリスに行くことにしたんです。園芸大国イギリスで学ぶというのは親父の夢だったので、僕が代わりに果たしたかたちになりました。

最古の園芸大国で出会ったシクラメン

横山

いまは園芸というと市場としても大きいオランダなどが中心に見えるかもしれませんが、イギリスは園芸の歴史が一番古く、標本や歴史的な資料が豊富に揃っています。植物は原点が自生地にあるので必ずそこに立ち戻るなど、育種家としての姿勢も学びましたし、世界中から園芸を学びに人が集まってくるので、世界中に友だちができました。南アフリカにダイヤモンドリリーを見に行こうと思ったら、現地の友だちに連絡すれば案内してくれますし、培ったネットワークはいまでも生きています。

そのイギリスで、僕を園芸の世界にしっかりとつなぎとめてくれた、大きな出来事がありました。それは、数十年生きているシクラメンを見たことです。

──シクラメンって数十年も生きるんですか?

横山

そうなんです。僕も初めは信じられませんでした。逆にショックを受けたくらいでした。シクラメンって一般的には、誰が育てても1年で死んでしまう、いい方は悪いですが使い捨て植物のような見られ方をされていると思うんです。

でも、イギリスで何十年も生きているシクラメンに出会って、例えば、この子も僕と同じ35、6年生きているシクラメンなんですが、こんな華奢な子がなんでこんなに生きられるんだろうって思ったんですよ。そのギャップに興味を持ち、惚れ込んでしまいました。

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横山

寒さにも暑さにも強くて、木でもないのに球根で長生きすることに衝撃を受けて、日本でもやってやろうと決めたんです。ちなみに、文献の記録によると150年生きたシクラメンも存在します。

横山園芸はクリスマスローズとダイヤモンドリリーが有名なんですが、シクラメンもずっとやっていきたい植物のひとつで、ウチのロゴはシクラメンがモチーフになっています。イギリスに本部がある野生のシクラメン協会にも入っていて、いまは日本支部の代表になりました。なんだかお金にならないことばかりやってますね。

<次回に続く!>

プロフィール

横山直樹(よこやま・なおき)
横山園芸2代目。1978年生まれ。イギリスでの研修を経て、父親が立ち上げた横山園芸にて、ダイヤモンドリリー、クリスマスローズ、原種シクラメンの育種・生産を手がける。NHK「趣味の園芸」講師をはじめ、メディアでも活躍中。
http://homepage3.nifty.com/cyclamen/

鈴木収春

鈴木 収春

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「あめつち」は、2012年より開催しているコケの勉強会&ワークショップ「コケトレ──コケと親しむ緑のトレーニング」を発端に誕生しました。

イベントでは、「最適な日当たりは?」「植物はずっと家の中に入れておいてはダメ?」「水やりの仕方は?」「観察に適したルーペは?」「色が変わってきた場合の対処法は?」など、さまざまな質問をいただきました。このような疑問をもっている方は全国にいると思いますが、そういうときにおすすめしたい植物のサイトが見当たらなかったことも、イベントをサイトに発展させようと考えた理由のひとつです。

江戸時代などの歴史資料を見ると、日本人のあいだでは、かつて植物と共生する知恵が共有されていたことがうかがえます。「あめつち」では、"日本の植物世界と日本人の共生"を思い出すことをテーマに、植物と寄り添って暮らしていきたい人に向けて、オリジナルのコンテンツを発信していきます。

【具体的に発信していくコンテンツ】
●植物に寄り添う、真摯に向き合う人たちを紹介します。
●園芸技術だけでなく、鑑賞(かしこまったものだけではなく、通りすがりに眺める木なども含めて)や歳時記の楽しみ方など、植物に気づく、寄り添う暮らし全般を紹介します。
●植物の本来の姿、好ましい育て方を紹介します。穴の空いていない植木鉢など、人の都合だけに合わせたノウハウを見直していきます。
●隠花植物など、あまり注目されていない植物群にもスポットをあて、植物の面白さや多様性を紹介します。

オーストリア出身の哲学者マルティン・ブーバーは、自分以外をモノのように捉えることを、「我とそれ」の関係と呼びました。疎外感を生む「我とそれ」の関係ではなく、相手を自分と同格に捉えて対話していく「我と汝」の関係こそが世界を拓く。それがブーバーの哲学です。

かつての日本人がそうしていたように、「我とそれ」になってしまった植物との関係を「我と汝」に捉え直すサポートをしていくことが、「あめつち」の目指すところです。スタッフ一同もまだまだ植物の世界を研究中ですが、4人で始めたサイトがどこまで根をのばしていくか、見守っていただけると嬉しいです。

「あめつち」運営スタッフ一同

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塩津丈洋
塩津 丈洋

植物研究家。塩津丈洋植物研究所代表。緑豊かな和歌山県に生まれ、祖父は農家を営み、幼い頃から植物と身近な環境で育つ。盆栽職人の元で修行後 、2010年、植物の治療・保全を主とした塩津丈洋植物研究所を設立。自然環境問題が深刻化している現在に、改めて植物の存在価値を見つめ直すための活動を行っている。IID世田谷ものづくり学校内「自由大学」教授、名古屋芸術大学OHOC講師。 http://syokubutsukenkyujo.com/

藤井久子
藤井 久子

1978年、兵庫県出身。明治学院大学社会学部卒業。編集ライター。文系ド真ん中の半生ながら幼少期から自然が好きで、いつしかコケに魅了されるようになる。初の著書『コケはともだち』(リトルモア)は異例のベストセラーに。趣味はコケ散策を兼ねた散歩・旅行・山登り。とりわけ好きなコケは、ギンゴケ、タマゴケ、ヒノキゴケ。

鈴木収春
鈴木 収春

クラウドブックス株式会社代表取締役。1979年、東京生まれ。講談社客員編集者を経て、編集業の傍ら2009年より出版エージェント業を開始。2011年は須藤元気『今日が残りの人生最初の日』(講談社)、ドミニック・ローホー『シンプルリスト』(講談社、11万部)等、2012年はタニタ&細川モモ『タニタとつくる美人の習慣』(講談社、7万部)等がヒット。 http://cloudbooks.biz/

藤代 雄一朗

WEB制作会社に勤務。塩津丈洋の「新盆栽学」第一期生。趣味で運営するサイト「泣く子も叫ぶ爆発りんご飴サイト ringo-a.me」「インタビューサイト ボクナリスト」で、WEB制作・スチール撮影・動画撮影・音楽制作などを担当。最近はアーティストのPV撮影なども行なっている。 https://twitter.com/yuichirofuji