植物のペースに合わせて生きる──東京都清瀬市「横山園芸」2代目・横山直樹さんインタビュー【2/4】

取材:塩津丈洋、藤井久子、鈴木収春
写真:塩津丈洋
文:鈴木収春

前回のインタビューはこちらから。

横山さんに最初に案内してもらったのは、野生のクリスマスローズを日本の環境に慣れさせている現場でした。たくさんのポットがきれいに整理されて並んでいます。

余談ですが、クリスマスローズの名前の由来を。昔、クリスマスに教会に行く少女が、何も教会に持っていくものがなくて途方に暮れていたところ、ある場所で雪が解け、そこにこの花が咲いていて、摘んで持っていったというドイツの伝説から、クリスマスローズと呼ばれているそうです。クリスマスに咲くわけでもなく、薔薇でもないので不思議だったのですが、横山さんのお話で謎が解けました。

野生の植物に育種のヒントがある

──この子たちは日本で出回っているクリスマスローズとは違うんですか?

横山

日本で出回っているクリスマスローズは、ほとんどがヨーロッパで育種されたものを導入して増やしたものです。日本で新しい種を生み出そうとしている僕とかは、いわば後発部隊。後発部隊がどういうスパイスを加えたらオリジナルなものをつくれるかと考えたときに、野生のもの、つまり原点に立ち返ってもう一度可能性を考えるのが重要だと思ったんです。

まだいまは葉っぱだけのものが多いですけど、僕とかはこの状態を眺めるのも、花が咲いたところが想像できるのでかなり好きですね。相当特殊だと思いますけど(笑)。

5,000株を咲かせても残るのは50株

次に見せてもらったのが、別々の品種を交配させたクリスマスローズを育てている現場。横山さんが考えた独自の暗号が各ポットに書かれています。

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──年間どのくらいの数を交配させているのですか?

横山

クリスマスローズだけで年間数百くらいですね。これはタネができたものの数なので、交配させたもののタネができなかったケースも含めると、もっと交配させていることもあります。

ここは品種改良した答えを見ていく現場なんですが、独自の暗号で掛け合わせがわかるようになっています。例えば、Dがダブル咲き(花びらが放射状に広がって咲く八重咲きの状態)とか、「かたち」「模様」「色」の順番で記号が記載されています。本当は全部名前を付けてあげたいのですが忘れちゃうんです(苦笑)。

──その中で、だいたいどれくらいが新種の候補として残るのでしょうか?

横山

これだと思って残すのは、年間50~70株くらいです。ひと交配あたり10株つくるとすると、年間5,000~7,000株を咲かせるわけですから、だいたい1%くらいの確率ですね。

雑種がうまくできたというのが、種の段階で選別できるものや発芽して双葉になった段階で選別できるものもありますが、基本的には毎日しっかり様子を見ながら選別していきます。

植物のペース、人間のペース

──相当根気のいる作業ですね。

横山

それだけではないんです。雑種は特に初期生育といって、育つのがすごく遅いので、種を撒いてから5年でようやく花が咲くようなイメージです。4年待ってまだ咲かないのかと思っていたら、次の年咲いて「よかった!」みたいな。とにかく植物のペースに合わせて気長に待っていないといけません。

品種改良に10年以上かかることなんて普通なので、一般の仕事とは、かなり時間の流れが違いますよね。僕にはそのペースがあっているんですけど、2代目、3代目と代替わりしながらやるくらいじゃないと、取り組める仕事ではないとも言えます。

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<次回に続く!>

プロフィール

横山直樹(よこやま・なおき)
横山園芸2代目。1978年生まれ。イギリスでの研修を経て、父親が立ち上げた横山園芸にて、ダイヤモンドリリー、クリスマスローズ、原種シクラメンの育種・生産を手がける。NHK「趣味の園芸」講師をはじめ、メディアでも活躍中。
http://homepage3.nifty.com/cyclamen/

鈴木収春

鈴木 収春

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「あめつち」は、2012年より開催しているコケの勉強会&ワークショップ「コケトレ──コケと親しむ緑のトレーニング」を発端に誕生しました。

イベントでは、「最適な日当たりは?」「植物はずっと家の中に入れておいてはダメ?」「水やりの仕方は?」「観察に適したルーペは?」「色が変わってきた場合の対処法は?」など、さまざまな質問をいただきました。このような疑問をもっている方は全国にいると思いますが、そういうときにおすすめしたい植物のサイトが見当たらなかったことも、イベントをサイトに発展させようと考えた理由のひとつです。

江戸時代などの歴史資料を見ると、日本人のあいだでは、かつて植物と共生する知恵が共有されていたことがうかがえます。「あめつち」では、"日本の植物世界と日本人の共生"を思い出すことをテーマに、植物と寄り添って暮らしていきたい人に向けて、オリジナルのコンテンツを発信していきます。

【具体的に発信していくコンテンツ】
●植物に寄り添う、真摯に向き合う人たちを紹介します。
●園芸技術だけでなく、鑑賞(かしこまったものだけではなく、通りすがりに眺める木なども含めて)や歳時記の楽しみ方など、植物に気づく、寄り添う暮らし全般を紹介します。
●植物の本来の姿、好ましい育て方を紹介します。穴の空いていない植木鉢など、人の都合だけに合わせたノウハウを見直していきます。
●隠花植物など、あまり注目されていない植物群にもスポットをあて、植物の面白さや多様性を紹介します。

オーストリア出身の哲学者マルティン・ブーバーは、自分以外をモノのように捉えることを、「我とそれ」の関係と呼びました。疎外感を生む「我とそれ」の関係ではなく、相手を自分と同格に捉えて対話していく「我と汝」の関係こそが世界を拓く。それがブーバーの哲学です。

かつての日本人がそうしていたように、「我とそれ」になってしまった植物との関係を「我と汝」に捉え直すサポートをしていくことが、「あめつち」の目指すところです。スタッフ一同もまだまだ植物の世界を研究中ですが、4人で始めたサイトがどこまで根をのばしていくか、見守っていただけると嬉しいです。

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塩津丈洋
塩津 丈洋

植物研究家。塩津丈洋植物研究所代表。緑豊かな和歌山県に生まれ、祖父は農家を営み、幼い頃から植物と身近な環境で育つ。盆栽職人の元で修行後 、2010年、植物の治療・保全を主とした塩津丈洋植物研究所を設立。自然環境問題が深刻化している現在に、改めて植物の存在価値を見つめ直すための活動を行っている。IID世田谷ものづくり学校内「自由大学」教授、名古屋芸術大学OHOC講師。 http://syokubutsukenkyujo.com/

藤井久子
藤井 久子

1978年、兵庫県出身。明治学院大学社会学部卒業。編集ライター。文系ド真ん中の半生ながら幼少期から自然が好きで、いつしかコケに魅了されるようになる。初の著書『コケはともだち』(リトルモア)は異例のベストセラーに。趣味はコケ散策を兼ねた散歩・旅行・山登り。とりわけ好きなコケは、ギンゴケ、タマゴケ、ヒノキゴケ。

鈴木収春
鈴木 収春

クラウドブックス株式会社代表取締役。1979年、東京生まれ。講談社客員編集者を経て、編集業の傍ら2009年より出版エージェント業を開始。2011年は須藤元気『今日が残りの人生最初の日』(講談社)、ドミニック・ローホー『シンプルリスト』(講談社、11万部)等、2012年はタニタ&細川モモ『タニタとつくる美人の習慣』(講談社、7万部)等がヒット。 http://cloudbooks.biz/

藤代 雄一朗

WEB制作会社に勤務。塩津丈洋の「新盆栽学」第一期生。趣味で運営するサイト「泣く子も叫ぶ爆発りんご飴サイト ringo-a.me」「インタビューサイト ボクナリスト」で、WEB制作・スチール撮影・動画撮影・音楽制作などを担当。最近はアーティストのPV撮影なども行なっている。 https://twitter.com/yuichirofuji