更新日:2014年05月01日
取材:塩津丈洋、鈴木収春
写真:海老原隆、塩津丈洋(最上部写真のみ)
取材協力:今井斉、今井彩(広尾「F52」)
文:鈴木収春
こだわりの生産者がつくった旬の花のみを扱う花屋・広尾「F52」の今井夫妻から、「湘南にすごい芍薬(しゃくやく)をつくっている生産者の方がいる」と教えてもらったのが、今回訪問させていただいた神奈川県寒川町の「大谷芍薬園」。
既存の品種や洋種に加え、大谷系と呼ばれるオリジナル品種も生産。母の日ギフトを中心とした芍薬の通販は大人気で、全国から注文が殺到しています。なぜ「大谷芍薬園」はこんなにファンが多いのか? 生産を手がける2代目の大谷光昭さんに、その秘密をうかがいました。
──光昭さんは2代目とうかがっていますが、「大谷芍薬園」の成り立ちはどんなものだったのでしょうか。
大谷
うちはもともと農家で、親父(芍薬博士と呼ばれた大谷応雄さん)が農業高校を卒業した後、昭和4年に仲間と一緒に温室を建ててスイートピーとマスクメロンの栽培を始めました。
戦前は、マスクメロン1個が米1俵の価値といわれていて、いまの貨幣価値だと1万2000円くらいでしょうか。銀座の千疋屋や港区芝の生花市場にも出荷していて、かなり儲かっていたようです。
でも、昭和18年、親父が戦争に駆り出されます。翌19年には、近くの軍事施設が爆撃で狙われる恐れがあるとのことで、温室に取り壊し命令が出ました。戦争が終わって親父は無事帰ってきたものの、温室を再建しようにも物資がなく、貯めていたお金もインフレで紙切れになってしまったという状態でした。
大谷
そんなときに親父が出会ったのが芍薬です。当時の農家は、国全体が食糧不足ですから、例えば(「大谷芍薬園」のある)田端地域ではこれだけの米を出せとか、強制的に農作物を供出させられていたんです。
親父はその食糧調整委員だったのですが、県の農事試験場(編注:作物の品種改良や、農業技術開発のための研究機関)で会議があったんですね。そして、会議の昼休みかなにかに試験場の温室で見つけたのが、じゃがいもなどの食糧が大々的に生産されているかたわらで、片隅に追いやられている数百品種の芍薬でした。
──当時からそんなにたくさんの芍薬が育てられていたんですね。
大谷
芍薬と花菖蒲の育種で有名な宮澤文吾先生が、海外輸出向けに品種改良・育成したものです。親父は片隅に追いやられている芍薬たちがかわいそうになったそうで、委託栽培のようなかたちで、品種の保存も兼ねて、150品種ほどの芍薬を預かることを決めました。10年後に元の株を返す代わりに、増やした分の芍薬はもらえるという契約でした。
それから、温室の跡地も活用しながら芍薬の栽培を始めたんです。これが「大谷芍薬園」の発端ですね。農事試験場の担当者からいろいろ聞いて、品種改良も見よう見まねでやるようになり、大谷系の芍薬が出回るようになったのが昭和30年ごろです。
▲こちらが「F52」も絶賛の「大谷芍薬園」の芍薬!(撮影:海老原隆)
──光昭さんはどのように芍薬と関わるようになったのでしょうか。
大谷
もちろん小さい頃から親父を手伝ってはいましたけど、私が学生の頃は、ちょうど農業の曲がり角といわれていて、都市化、工業化が進み、後継者が他産業に流出するようになってきていたんです。
うちもどうしようかということになりましてね。結論としては、教育大学に入って農学を学べば、農業を教える教員や研究員になってもいいし、また農業に戻っても大丈夫だろうと、ふたまたをかけることにしたんです。
卒業後に就職したのは、芍薬を持ってきた農事試験場(現・農業総合研究所)です。跡を継ぐまでは、親父とおふくろに、近所の手伝ってくれる男性がメインで、芍薬園を経営していました。ただ、土日や夏休みはここに戻って作業を手伝っていたので、芍薬の栽培技術は就職しているあいだに身につきましたね。
親父が平成12年に亡くなりまして、それがちょうど私が定年退職になる年だったんです。試験場の同僚からも、「大谷さんのところにはいい芍薬があるんだから、継いで芍薬をつくるべきだ」といわれました。親父が亡くなったのが退職日の半年前だったので、そのあいだに草がぼうぼうになってしまいましたが、なんとか手入れをして、親父の跡を継ぐことになりました。
大谷光昭(おおたに・みつあき)
1940年生まれ。1963年、国立東京教育大学農学部農学科卒業後、神奈川県農業試験場(旧・農事試験場、現・農業総合研究所)に勤務。神奈川県庁農政部への複数回の異動を経て、2001年、農業総合研究所退職。「大谷芍薬園」を継ぎ、現在に至る。
http://otani-farm.net/
「大谷芍薬園」の芍薬は、広尾「F52」にて今年は5月2日(金)より購入できます(場所は下記を参照)。また、「大谷芍薬園」のウェブから宅配での購入も可能です(15本4000円~)。芍薬のシーズンは3週間。今年から初夏は芍薬を楽しんでみてはいかがでしょうか。
■広尾「F52」
渋谷区広尾5-17-3 広尾aroboテラス前(日比谷線広尾駅徒歩3分)
営業時間:11時~20時
TEL:03-5534-2713
鈴木 収春