花が咲く気分になるのを待つ──神奈川県寒川町「大谷芍薬園」大谷光昭さんインタビュー【2/3】

取材:塩津丈洋、鈴木収春
写真:海老原隆(最上部写真も)
取材協力:今井斉、今井彩(広尾「F52」)
文:鈴木収春

前回のインタビューはこちらから。

自然のままが花を強くする

──「大谷さんの芍薬で、初めて芍薬の香りに気がついた」「大谷さんの芍薬は全部咲く(編注:芍薬は、花屋で買ったものの花が開かないことも多い)」など、「大谷芍薬園」の芍薬のすごさを「F52」の今井夫妻からたくさんうかがっているのですが、その違いはどこから生まれていると思いますか。

大谷

特に変わったことはしてないんですけどね。野菜のように集約的な栽培(編注:温室なども含め、資本や労働力を投入して、より多くの収穫を上げる手法)ではなく、粗放栽培(土地の環境を生かしてあまり手をかけずに栽培する手法)なのがプラスになっているのかもしれません。

温室育ちとよくいいますけど、ハウス栽培された植物は、温度差は少ないし、強い雨風にさらされることもありません。一方、粗放栽培だと、過酷だけど雑草のようにたくましくなる。ほうれん草なんかでも、露地栽培のものは、凍結せずに冬を越すために糖分などをたくわえないといけないので、ハウスのものよりも栄養分や味や香りが強く出るといわれています。

粗放栽培の芍薬でも、香りが強く出るなど、それと同じことが起こっているのではないでしょうか。うちの品種の「大谷桃」は、香料メーカーが商品化したいとアプローチしてきたこともありますよ。

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▲品種名の看板も味があります(撮影:海老原隆)。

花が咲く気分になってから切る

──もっと保護されているイメージだったので、畑を見学させていただいて、自然のままに育てられていることに驚きました。花の咲く率についてはどうでしょう。

大谷

確かに、芍薬を花屋で買って、咲かないということは多いそうなのですが、それはたいていの場合、出荷する人が焦りすぎなんですね。1日でも早く出荷したくて、咲かないかもと思いながら、市場に出してしまっているのでしょう。

見極めは難しいですが、親父は、畑の中で2輪か3輪咲き始めたら、切れといっていましたね。まだなにも咲いていないのに、咲きそうだから切ってしまうと、咲かないということが起こる。

私たちは気分という言葉を使っていますけど、花が咲く気分になってから切るのが大切なんですね。

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▲咲く気分になってます(撮影:海老原隆)。

花に合わせて母の日をずらす

──花が咲く気分になってから、いい言葉ですね。

大谷

花の咲く気分というと、去年ちょっと困ったことがありました。芍薬は、咲く時期が早生(わせ)、中生(なかて)、晩生(おくて)の3種類あって、合わせて3週間がシーズンです(編注:早生が5月1週目、中生が5月2週目、晩生が5月3週目のように、約1週間ずれで連続する)。

芍薬の場合、だいたいどれかの旬が母の日に合わさるのですが、去年は暖かくて時期が早まり、母の日にはシーズンが終わってしまうかもという状況でした。花の気分が母の日と合わなかったので、どうしようもありません。

宅配などで注文いただいた方には、「母の日ギフトが1週間早まるかもしれない」とアナウンスしたのですが、みなさんそれでもいいと了承してくれました。母の日に合わせられなくても、うちの芍薬を贈りたいと思っていただけることは、本当に嬉しいですね。

<次回に続く!>

プロフィール

大谷光昭(おおたに・みつあき)
1940年生まれ。1963年、国立東京教育大学農学部農学科卒業後、神奈川県農業試験場(旧・農事試験場、現・農業総合研究所)に勤務。神奈川県庁農政部への複数回の異動を経て、2001年、農業総合研究所退職。「大谷芍薬園」を継ぎ、現在に至る。
http://otani-farm.net/

購入インフォメーション

「大谷芍薬園」の芍薬は、広尾「F52」にて今年は5月2日(金)より購入できます(場所は下記を参照)。また、「大谷芍薬園」のウェブから宅配での購入も可能です(15本4000円~)。芍薬のシーズンは3週間。今年から初夏は芍薬を楽しんでみてはいかがでしょうか。

■広尾「F52」
渋谷区広尾5-17-3 広尾aroboテラス前(日比谷線広尾駅徒歩3分)
営業時間:11時~20時
TEL:03-5534-2713
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鈴木収春

鈴木 収春

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「あめつち」は、2012年より開催しているコケの勉強会&ワークショップ「コケトレ──コケと親しむ緑のトレーニング」を発端に誕生しました。

イベントでは、「最適な日当たりは?」「植物はずっと家の中に入れておいてはダメ?」「水やりの仕方は?」「観察に適したルーペは?」「色が変わってきた場合の対処法は?」など、さまざまな質問をいただきました。このような疑問をもっている方は全国にいると思いますが、そういうときにおすすめしたい植物のサイトが見当たらなかったことも、イベントをサイトに発展させようと考えた理由のひとつです。

江戸時代などの歴史資料を見ると、日本人のあいだでは、かつて植物と共生する知恵が共有されていたことがうかがえます。「あめつち」では、"日本の植物世界と日本人の共生"を思い出すことをテーマに、植物と寄り添って暮らしていきたい人に向けて、オリジナルのコンテンツを発信していきます。

【具体的に発信していくコンテンツ】
●植物に寄り添う、真摯に向き合う人たちを紹介します。
●園芸技術だけでなく、鑑賞(かしこまったものだけではなく、通りすがりに眺める木なども含めて)や歳時記の楽しみ方など、植物に気づく、寄り添う暮らし全般を紹介します。
●植物の本来の姿、好ましい育て方を紹介します。穴の空いていない植木鉢など、人の都合だけに合わせたノウハウを見直していきます。
●隠花植物など、あまり注目されていない植物群にもスポットをあて、植物の面白さや多様性を紹介します。

オーストリア出身の哲学者マルティン・ブーバーは、自分以外をモノのように捉えることを、「我とそれ」の関係と呼びました。疎外感を生む「我とそれ」の関係ではなく、相手を自分と同格に捉えて対話していく「我と汝」の関係こそが世界を拓く。それがブーバーの哲学です。

かつての日本人がそうしていたように、「我とそれ」になってしまった植物との関係を「我と汝」に捉え直すサポートをしていくことが、「あめつち」の目指すところです。スタッフ一同もまだまだ植物の世界を研究中ですが、4人で始めたサイトがどこまで根をのばしていくか、見守っていただけると嬉しいです。

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塩津丈洋
塩津 丈洋

植物研究家。塩津丈洋植物研究所代表。緑豊かな和歌山県に生まれ、祖父は農家を営み、幼い頃から植物と身近な環境で育つ。盆栽職人の元で修行後 、2010年、植物の治療・保全を主とした塩津丈洋植物研究所を設立。自然環境問題が深刻化している現在に、改めて植物の存在価値を見つめ直すための活動を行っている。IID世田谷ものづくり学校内「自由大学」教授、名古屋芸術大学OHOC講師。 http://syokubutsukenkyujo.com/

藤井久子
藤井 久子

1978年、兵庫県出身。明治学院大学社会学部卒業。編集ライター。文系ド真ん中の半生ながら幼少期から自然が好きで、いつしかコケに魅了されるようになる。初の著書『コケはともだち』(リトルモア)は異例のベストセラーに。趣味はコケ散策を兼ねた散歩・旅行・山登り。とりわけ好きなコケは、ギンゴケ、タマゴケ、ヒノキゴケ。

鈴木収春
鈴木 収春

クラウドブックス株式会社代表取締役。1979年、東京生まれ。講談社客員編集者を経て、編集業の傍ら2009年より出版エージェント業を開始。2011年は須藤元気『今日が残りの人生最初の日』(講談社)、ドミニック・ローホー『シンプルリスト』(講談社、11万部)等、2012年はタニタ&細川モモ『タニタとつくる美人の習慣』(講談社、7万部)等がヒット。 http://cloudbooks.biz/

藤代 雄一朗

WEB制作会社に勤務。塩津丈洋の「新盆栽学」第一期生。趣味で運営するサイト「泣く子も叫ぶ爆発りんご飴サイト ringo-a.me」「インタビューサイト ボクナリスト」で、WEB制作・スチール撮影・動画撮影・音楽制作などを担当。最近はアーティストのPV撮影なども行なっている。 https://twitter.com/yuichirofuji