日本一の花屋の店長として、産地まわりを開始──広尾「F52」チーフバイヤー・今井斉さんインタビュー【3/4】

取材:塩津丈洋、藤井久子、鈴木収春
写真:塩津丈洋
文:鈴木収春

前回のインタビューはこちらから。

採用枠をめぐって宣戦布告も!?

──それが前職の有名な人気花屋ですね。花をもらうときは、たいていそこの花屋のことが多いです。

今井

その花屋を仮にFとしますと、当時のFは、人気はすごいけど、店舗を少しずつ拡大しているところだったので、採用はひとりだけで倍率がかなり高かったんです。

なんとか最後のふたりまでには残ったんですが、インターン扱いで、どちらかひとりは落とすつもりだと言われました。残ったもうひとりの女の子からも、「想いが違うから、今井くんには負けません」と言われてしまい、「僕はそこまでじゃないかも」と面くらいましたね。

それでもやれるだけのことはやって、残れることにはなったんですが、働いていた大泉学園の店舗ではやっぱり雇えませんと言われてしまい……。インターンのままでどうしようかと思っていたところ、Fの社長の知人のブライダルで男手が足りなくて、本部から手伝えないか声をかけられたんです。

手伝いに行って、初めて社長と会いました。「大泉学園では働けなくて、千葉の店舗に行ってみようと思っている」と話すと、「本店に行け」と言ってもらえて、アルバイトですが働けることになりました。

アルバイトとして働いていたのは2年間ですね。本店は小売だけではなくて、ブライダルやオフィスの緑化なども手がけていたので、いろいろと吸収させてもらいました。学んだことを店長として生かしてみたいという思いが強くなったときに、池袋の店舗の店長に抜擢してもらい、晴れて社員になりました。

池袋で2年やっていたら、渋谷の店舗に異動の打診がきました。そこは1日100万円以上、年間で4億3000万円を売り上げる日本一の店舗です。「店長がいいです」と、OKが出るわけがないと思いながら言ってみたら、なんとOKが出てしまったんです。

4億3000万円を売り上げる花屋の仕事

──あの店舗、あの大きさで4億円も売上があるんですね。驚きました。

今井

そうなんです。いまだったら自分をひっぱたいてやりたいですけど、「花は売れる」と思ってしまうくらいの勢いで、行列ができて次々に花が売れていきました。どうしたらもっと売れるかを考えるよりも、何をどう当て込んでまわしていくかという部分を考えていた気がします。スタッフは30名。イベントのときは40名に指示を出していました。

もともと好きだったんですけど、このころから、積極的に産地をまわるようになります。Fでも月に一度、産地をまわる集まりがあったのですが、それでは物足りなくなって、週に1~2回は産地を独自にまわっていたと思います。こんな花をつくってほしいとか、作付けから自分の店だけで相談できる規模だったので、産地まわりにどんどんハマっていきました。

ただ、花はバンバン仕入れるし、人もバンバン投入していたので、2年で渋谷の店舗は外されてしまいました。利益はもちろん出ていたのですが、会社の求める利益率を守れなかったんです。

小さな店舗でも生産者とタッグを組める

今井

その後に異動したのが大森の店舗でした。渋谷のような規模の店ではないのですが、大森の店舗がまたよかったのが、市場がすごく近い店舗なんです。生産者が市場にいくついでに寄ってくれることもあって、都内にいながら生産者とお話をする機会がさらに増えました。

大きい店じゃなくても、生産者とやりとりしながら売りたいものやおすすめしたいものを売っていくことができると確信できたのは、大森の店舗のおかげですね。でも大森に移って1年後、僕は難病にかかってしまうんです。

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ギラン・バレー症候群が決意させた独立

──難病とは?

今井

ギラン・バレー症候群という神経系の難病で、身体が動かなくなる病気です。最初は手足にしびれがあるので、おかしいなと思って近所の病院に行ったんです。そうしたら、「原因はわからないけど異常があるのは確かだから、ここに行きなさい」と神経系の病院を紹介されました。

その病院で、「おそらくギラン・バレー症候群だろう。これからあなたは歩けなくなって、会話もできなくなります」と宣告されました。即入院です。

それからは、1日ごとにおじいさんになっていく感じでした。ペットボトルも手であけられなくて、歯を使ってあけるような状態です。徐々に目も閉じられなくなって、常に半開きでした。病室でお見舞いの花束をもらう立場になって、花は本当に癒やしになると思いましたね。

呼吸も少しずつ不自由になり呼吸器をつける寸前のところで治療法が効いて回復するのですが、死が身近なところに迫ってきたことで、考え方が大きく変わりました。健康でなければなにもできないということと、まだやり残したことがあるという気持ちが強くなったんです。もともと独立欲が強く、Fにも3年で辞めると宣言していたのに、気づけば5年を超えて、10年目が見えてきていました。

独立して、これまでにない自分のやりたい店をやらなくては。そう思いました。2カ月の入院と、復帰までの半年を支えてくれた家族と店のスタッフには、本当に感謝しています。

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▲「F52」スタッフの松本さん。笑顔が素敵です。

 

<次回に続く!>

今井さんに会えるイベントが2/1(土)に開催されます。気になる方はこちらもチェックを!

プロフィール

今井斉(いまい・ひとし)
1979年、北海道生まれ。腰痛で野球が続けられなくなったのを機に、花好きの両親の影響で花屋を志す。花の企画会社、繁華街向けの花屋を経て、大手個人向け花屋に転職。年間4億円以上を売り上げる渋谷の某店舗の店長などを経験する。退職後、2013年3月、培ってきたネットワークを生かし、こだわりの生産者が育てた旬の花のみを扱う花屋「F52」を設立。生産者のPRを兼ねた異色の花屋として話題を呼んでいる。
http://www.f52.jp/

鈴木収春

鈴木 収春

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「あめつち」は、2012年より開催しているコケの勉強会&ワークショップ「コケトレ──コケと親しむ緑のトレーニング」を発端に誕生しました。

イベントでは、「最適な日当たりは?」「植物はずっと家の中に入れておいてはダメ?」「水やりの仕方は?」「観察に適したルーペは?」「色が変わってきた場合の対処法は?」など、さまざまな質問をいただきました。このような疑問をもっている方は全国にいると思いますが、そういうときにおすすめしたい植物のサイトが見当たらなかったことも、イベントをサイトに発展させようと考えた理由のひとつです。

江戸時代などの歴史資料を見ると、日本人のあいだでは、かつて植物と共生する知恵が共有されていたことがうかがえます。「あめつち」では、"日本の植物世界と日本人の共生"を思い出すことをテーマに、植物と寄り添って暮らしていきたい人に向けて、オリジナルのコンテンツを発信していきます。

【具体的に発信していくコンテンツ】
●植物に寄り添う、真摯に向き合う人たちを紹介します。
●園芸技術だけでなく、鑑賞(かしこまったものだけではなく、通りすがりに眺める木なども含めて)や歳時記の楽しみ方など、植物に気づく、寄り添う暮らし全般を紹介します。
●植物の本来の姿、好ましい育て方を紹介します。穴の空いていない植木鉢など、人の都合だけに合わせたノウハウを見直していきます。
●隠花植物など、あまり注目されていない植物群にもスポットをあて、植物の面白さや多様性を紹介します。

オーストリア出身の哲学者マルティン・ブーバーは、自分以外をモノのように捉えることを、「我とそれ」の関係と呼びました。疎外感を生む「我とそれ」の関係ではなく、相手を自分と同格に捉えて対話していく「我と汝」の関係こそが世界を拓く。それがブーバーの哲学です。

かつての日本人がそうしていたように、「我とそれ」になってしまった植物との関係を「我と汝」に捉え直すサポートをしていくことが、「あめつち」の目指すところです。スタッフ一同もまだまだ植物の世界を研究中ですが、4人で始めたサイトがどこまで根をのばしていくか、見守っていただけると嬉しいです。

「あめつち」運営スタッフ一同

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塩津丈洋
塩津 丈洋

植物研究家。塩津丈洋植物研究所代表。緑豊かな和歌山県に生まれ、祖父は農家を営み、幼い頃から植物と身近な環境で育つ。盆栽職人の元で修行後 、2010年、植物の治療・保全を主とした塩津丈洋植物研究所を設立。自然環境問題が深刻化している現在に、改めて植物の存在価値を見つめ直すための活動を行っている。IID世田谷ものづくり学校内「自由大学」教授、名古屋芸術大学OHOC講師。 http://syokubutsukenkyujo.com/

藤井久子
藤井 久子

1978年、兵庫県出身。明治学院大学社会学部卒業。編集ライター。文系ド真ん中の半生ながら幼少期から自然が好きで、いつしかコケに魅了されるようになる。初の著書『コケはともだち』(リトルモア)は異例のベストセラーに。趣味はコケ散策を兼ねた散歩・旅行・山登り。とりわけ好きなコケは、ギンゴケ、タマゴケ、ヒノキゴケ。

鈴木収春
鈴木 収春

クラウドブックス株式会社代表取締役。1979年、東京生まれ。講談社客員編集者を経て、編集業の傍ら2009年より出版エージェント業を開始。2011年は須藤元気『今日が残りの人生最初の日』(講談社)、ドミニック・ローホー『シンプルリスト』(講談社、11万部)等、2012年はタニタ&細川モモ『タニタとつくる美人の習慣』(講談社、7万部)等がヒット。 http://cloudbooks.biz/

藤代 雄一朗

WEB制作会社に勤務。塩津丈洋の「新盆栽学」第一期生。趣味で運営するサイト「泣く子も叫ぶ爆発りんご飴サイト ringo-a.me」「インタビューサイト ボクナリスト」で、WEB制作・スチール撮影・動画撮影・音楽制作などを担当。最近はアーティストのPV撮影なども行なっている。 https://twitter.com/yuichirofuji